しばらく休止状態だったエリクソン研究会が再開した。
エリクソン研究会とは毎月1回土曜にめんたねでやっている勉強会で、ミルトン・エリクソンというアメリカの心理療法家・精神科医の本を輪読する。
昨年まで5年ほどかけて『ミルトンエリクソンの心理療法セミナー』という本を読んでいた。
今回から新しい本をテキストに勉強会を進めることになった。
『催眠の現実』という本だ。
金剛出版 (2016-05-25)
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ミルトンエリクソンという人はあまり自分の症例で使った手法や狙いについて綿密な説明をあまりしない。
世の中に出回っているエリクソンの本はエリクソン自身が執筆した本よりも弟子たちがまとめたり、エリクソンが実際にやったWSの文字起こししたものが多い。
しかし今回取り扱う催眠の現実は実際にエリクソンが自分の催眠誘導について解説を加えている。エリクソンの本の中でも珍しい造りになっている。
登場人物は
エリクソン
エリクソンの弟子ロッシ
ロッシの妻シーラ
の3名
本の中でエリクソンはロッシ夫妻に催眠誘導のデモンストレーションを行っている。本の構成は
①デモンストレーションの実際の様子
②デモンストレーションの記録を見ながらエリクソンとロッシがデモについての解説
という構成になっている。繰り返すがエリクソン自身が自分の催眠についてあれこれと解説するのは珍しい。
さて、これから本文の解説と勉強会で出た解説に入る。
『催眠の現実』P8
エリクソン
向こうの上の角にある絵を見てください。さて、あなた(ロッシ)は彼女の顔をよく見てください。向こうの上
のコーナーにある絵です。今、私はあなたにはなそうとしています。(休止)
短い文章だがエリクソンの技術がいくつかこめられている。
短いやり取りだがエリクソンはシーラとロッシをトランスに入れようと試みている。
手順として
①「向こうの上の角にある絵を見てください」とシーラに指示をする。
②ロッシにシーラの顔を見るように指示をする。
③「向こうの上のコーナーにある絵です」という
④「今、私はあなたにはなそうとしています」と言う
ロッシは②で顔を見るように指示されるが、③の言葉も当然耳に入る。
そうするとロッシの中では顔を見つつも、絵のことが気になる。さらに④で「あなたに」というロッシなのかシーラなのかよくわからない言葉が入る。ロッシの頭の中ではこれは誰に向けた言葉か?絵はなんだろうか?と思いがめぐらされる。すこし混乱して、意識が弱くなりトランスに入りやすくなる。こうした技法を混乱技法という。
以下は本を読む中で本の中で語られたエリクソンの技法について解説したもの。
アナロジー(メタファー)
簡単に言えばたとえ話を使って働きかける技法だ。
実例としてはこんな話がある。
研究会講師の尾谷が家庭教師をやっていたころの話だ。生徒は小4くらいの男の子で、本人は勉強をやる気がない。やる気がないのでノートに文字を書くときもノートを押さえないで字がぐちゃぐちゃになっていた。
その子の父親はアイスホッケーのコーチをしていて、その子もアイスホッケーをやっていた。
尾谷はこんな話をした。
「アイスホッケーでは小6の子がディフェンスをやり小5、小4の子がオフェンスをやるんだよね。ディフェンスをやるためには後ろ向きに滑れる必要があって、オフェンスは前に滑れればいい。だから後ろ向きにすべる技術のある6年生がディフェンスをやる」
すると男の子は「そうですそうです」とうなづく
続けて「アイスホッケーでは一番いい位置に移動するには腰を落として姿勢を正してすべる必要があるんだよね」
そうすると男の子はさらに「そうですそうです」と納得をする。
話が終わると男の子は姿勢を正して勉強をし始めた。
「勉強をするために姿勢を正せ」と指示をしてはいないが、アイスホッケーの姿勢を正す話をして姿勢が正された。どういうことか?
アナロジーは共通構造を利用する。本人がすでに知っていて、できていることの構造を使って、未知のものできていないことをできるようにする働きかけだ。
アイスホッケーと勉強には「うまくやるには姿勢を正したほうがよい」という共通構造がある。アイスホッケーに関しては男の子はすでに知っていることでできていることだった。アイスホッケーの話をすることですでにできている構造を活性化させて、別のことに自然とその構造を利用させる。
本人は指示をされたとは思わず無自覚に行うので反発や抵抗も起きない。エリクソンがクライアントへの働きかけでよく使う技法だ。
本の中でエリクソンも述べているのだがどんな働きかけであれ、患者をよく観察して自分の働きかけが効果が現れているのか?をフィードバックする必要がある。自分のやっていることを観察して認識することだ。やっていくうちに自分の中に自信がついてくる。
ユーティライズ
すでにできていることを利用する。
これに関してはエリクソンの弟子筋のブリーフセラピストたちがよく言っていた言葉があって
Do more
Do different
という言葉がある。
Do moreはすでにやれていることをもっとやるという意味
Do differentは新しい違うことをやるという意味
まずDo moreでやらせる。Do differentもDo moreをうまく利用する。
この言葉自体はエリクソンのやり方を分析した上で弟子筋が作った言葉だが
エリクソンはこういう治療方針を採っていた。
Early Learning Set(早期学習セット)
人間の学習は
0の状態に1を入れるのは容易だが
1の状態に別の1を入れるのは大変だ。
トランスに入るということもそうだ。ある種の人間には世界観が揺らぐほどの耐えがたい出来事になる。
というのも、世の中の多くの人々は「自分の意思で自分を動かすことができる」という世界観を持っている。そもそも法律がそうだろう。故意と過失で罪が変わる。これは前提として人間は自分の意思で動いているという世界観があるからだ。意思で動かしているから、意思を持って殺せば殺人だし、殺す意思がなくて過失で殺せば過失致死になってつみは殺人より軽くなる。
人間は意識で動くという考えは社会でも共有される強固な価値観としてある。
しかしトランスにまつわる学習はそうしたものを揺るがすものになる。実際にトランスに入れば意識で動こうと思っても動かず、自分の意志とは関係なく無意識で人間が動いていることを見てしまうからだ。人間は意識だけで動くのではなく無意識でも動くという世界観がそこにあらわれる。
エリクソンはトランスに入ることも学習と捉えていた。そしてトランスに入ることはこれまでの世界観を揺るがすほどの学習であり、抵抗される可能性も大きいものだ。学習である以上抵抗はされたくはない。そこでEarly Learning Set(早期学習セット)が出てくる。
子供は余計な知識がない。文字を覚えたり数字を覚えたりするときにわざわざ疑ってかかったりはしない。子供時代を早期させる話を語り、クライアントの中に純粋に学んでいた時代を思い起こさせることが狙いだ。そうするとグラデーションはあるが、人によっては大きく年齢退行を起こしたり、意識は現在にあっても、純粋に学習していた年頃を思い起こしたりして、その後の学習がしやすくなる。
エリクソンのテキストを読むにあたって
エリクソンのテキストは聖書を読むようなものだ。エリクソンは自分のやったことに説明をあまりやらない。一度で読んでもよくわからないのだ。勉強会の本も何周もしている。
読み方を大きく分けると
①分析的に読む
何度か読んでいるとエリクソンのよく使うパターンは見えてくるのでそうしたものを当てはめたりしてみる。と
はいえ重層的に技術を使ったり、何を狙っているかよくわからないこともあるので、一度で理解できると思わないほうがいい。
②ただ読む
ただ読むことでエリクソンの働きかけを追体験する。そうすることでエリクソンの働きかけが無意識に入り込んでくる。
当日のホワイトボード
追記
英語版の原本はこちらです。理想を言えば原本を読みながらやった方が良い。今回の研究会は英語にも力を入れていく予定。
John Wiley & Sons Inc
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